故事成語研究
〜言葉から歴史を知る〜
vol.2
文責:楽毅(当時高1)
◆はじめに◆ |
中国の知識人が話をするとき、よく用いられるのが「故事(こじ)」である。昔、実際に起こった出来事を事例に引いて相手を説得する、という光景は史書を読んでいてもよく出てくる。昔のことをよく知っていればいるほど教養がある人とみられるのである。それだけ故事には古人の知恵が詰まっているといえるだろう。そしてその故事を簡略に言葉としてまとめたものがいわゆる「故事成語(こじせいご)」である。昔の時代だけでなく、何千年もの時をこえた現在でも、当時にできた故事成語は使われており、僕たちに教訓を与え続けている。時代が変わろうとも、言葉が僕たちに与える影響は不変なのだ。 |
そんな故事成語に魅せられて前回の『鑑vol.2』にも同名のレポートを掲載させて頂いた。しかし、故事成語は世の中にあふれていて、当然ながら一回ですべてをご紹介できるわけではない。そこで、『故事成語研究 〜言葉から歴史を知る〜 vol.2』と題し、もうちょっと、故事成語の世界を探ってみたい。 |
今回は少し範囲を広げて、古代中国の春秋戦国時代から項羽(こうう)と劉邦(りゅうほう)の時代までの間に起源をもつ故事成語を扱いたいと思う。是非言葉と歴史の織りなす世界を堪能して頂きたい。 |
◆故事成語の起源◆ |
本題に入る前に、基礎知識として、現在まで伝わっている「故事成語」がどのような起源をもつか知って頂きたい。「故事成語」といっても定義が難しく、上記したように歴史上の事件を言葉にして表したもののみを指す場合や、民間で広まっていた逸話、思想家が自らの思想を説明する際に使った例え話などをも範囲に含む場合もあるようだ。ちなみに、今回のレポートでは最後に述べた、思想家の例え話からできた故事成語(例えば「漁夫の利」など)は載せていない。 |
いずれにせよ、これらの故事成語が一般的に民衆に使われるようになるには媒体が必要で、それは当然ながら書物であり、史書である。史書に書かれた「歴史」の中で教訓を得られる箇所、感動した箇所等々が広まっていき、それが「故事成語」として定着する。故事成語を辞書で調べると載っている「出典」がそれにあたる。例を挙げれば、『史記』などに描かれる春秋時代の管仲(かんちゅう)と鮑叔(ほうしゅく)の友情に感動した人々が、その仲を「管鮑(かんぽう)の交わり」と呼ぶようになった、といったところだ(→p.110)。この場合の「出典」は史記である。 |
ここで重要なポイントがある。それはずばりこの出典にある。当時にも史書とよばれるものは多くあり、「史実」とされる事柄が記載されている。しかし、それが全てではないのだ。このころの史書のうちほとんど全てのものは、「逸話(いつわ)」といわれるものをその中に取り入れている。逸話とはエピソードのことで、史実性という面では、疑わしいものがほとんどである。そういった逸話が多いことこそが当時の史書を大変興味深いものとしているのは確かだが、故事成語もこの逸話が出典となっているものが大半だいうことも忘れてはならない。 |
史実として記載されている内容よりも、逸話の方が史実性にかける分、民間の伝承の間でドラマ性を増したり、大げさになったりと、聞いている側に「おもしろい」内容となっていく。そういったものが故事成語になりやすいのはお分かりだろう。聖書におけるイエス・キリストの奇蹟と同じように、故事成語をそのまま史実と思って飲み込むのではなく、その話が何を意図して作られたのかを読みとっていく必要があるだろう。 |
さて、ではそろそろ本題に入っていこう。 |
今回ご紹介する故事成語は以下の10個だ。(五十音順) |
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一字千金(いちじせんきん) | 四面楚歌(しめんそか) |
完璧(かんぺき) | 抜山蓋世(ばつざんがいせい) |
奇貨居(きかお)くべし | 背水(はいすい)の陣(じん) |
国士無双(こくしむそう) | 刎頸(ふんけい)の交(まじ)わり |
三舎(さんしゃ)を避(さ)く | 焚書坑儒(ふんしょこうじゅ) |
このレポートでは五十音順ではなく、時代順に故事成語を紹介していきたい。同じ人物に関わる故事成語が何個かある場合があるからだ。 | |
たとえば、「完璧」「刎頸の交わり」はともに藺相如(りんしょうじょ)という人物にかかわる故事成語なので、並べておいた方がわかりやすいだろうと思って時代順にした。 | |
知っている故事成語から読むもよし、順番に時代の流れを追いながら読んで行くもよし。お好きな読み方でどうぞ。 |
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さて、以上10個の故事成語をみてきた。今回は【由来】【豆知識】などに加えて【原典】という項目を作り、筆者が学校で教わった漢文の知識を利用して(要するに間違っている可能性有り)、書き下し文をも載せてみた。言葉の持つより深い味わいを感じることができたのではないだろうか。漢文の醍醐味といってもよいであろう。 |
このように、「何のために漢文なんて勉強するの?」「受験のためだけだ」と思って漢文を勉強している、またはした方も、是非せっかく身につけた漢文の知識を利用して、原典に触れることをして頂きたい。他人によって訳されたものではなく、生の言葉を直接手に取ることも悪くない。 |
故事成語 何千年も昔に起こった出来事、人が為したことが、時空を経てなお言葉という概念を通して僕たちを取り巻いている。あらためて「言葉」の普遍的な影響力と、「歴史」のありがたみに驚嘆せざるを得ない。 |