7、国士無双

意味  国中で2人といないほど、優秀な人物のこと。
由来

 時代は変わって、楚の項羽(こうう)と漢の劉邦(りゅうほう)が天下を争っていた頃、すなわち秦王朝が滅亡した紀元前200年頃の話だ。項羽のもとに韓信(かんしん)という人物がいた。しかし項羽は韓信の進言をまったく聞き入れず、彼を重用しなかったため、項羽に失望し逃げ出した韓信は漢軍へ奔った。漢の丞相蕭何(しょうか)は彼の才能を見抜き、劉邦に何度も推挙したが、韓信はここでも登用されなかった。

 劉邦が任地の南鄭に赴いている途中、相次いで諸将が逃亡したことがあった。それに乗じ、韓信も再び逃亡する。韓信の逃亡を知った蕭何は大才を逃してはならぬと彼を追うが、それを蕭何が逃亡したものと勘違いして劉邦に報告した者があった。蕭何は劉邦にとって欠くことのできない人物である。
 韓信をつかまえた蕭何は2日後に戻るが、当然「なぜ逃げた」と劉邦に怒られた。韓信を追っていたためと述べた蕭何は、こう言った。

 「ただの将軍なら、逃げてしまってもいくらでも代わりがいます。しかし、韓信のような者は、一国の中で並ぶ者がないほどすぐれています。天下を争う気があるのなら、韓信をおいて大事をはかる人物がいましょうか。」下に原文で示してある通り、これこそが「国士無双」の語源なのである。

 こうして韓信は大将軍に任じられ、数々の戦果を挙げる。劉邦の天下平定は韓信なしでは成し遂げられなかったに違いない。
原典 〔蕭何〕曰く、「諸将は得易きのみ。信の如き者に至りては、国士無双なり」[史記 淮陰侯列伝]

 

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