「三国志」とは
文責:楽毅(高1、会長)
「三国志」という言葉は、定義が非常に難しい。様々な文献で「三国志」という言葉は安易に使われているが、その指す内容は曖昧である。辞書には何と載っているか、と思って引いてみたところ、次のような記述があった。 |
二十四史の一。魏・呉・蜀3国の史書。65巻。晋の陳寿撰。(広辞苑) |
あれ、これだけ?と思った方もいるだろう。小説やゲームで「三国志」に親しんでいる方は、「三国志」といえば中国の三国時代に様々な人物が描いた治乱興亡のドラマを指すものではないのか?と疑問を抱かれるかもしれない。この意味での「三国志」という言葉は漠然としていて、何を指すのか定かでない。 しかし、この辞書で「三国志」が指すものは、中国の三国時代の世の中の様子を記した「史書」つまり、歴史を著述した書物なのだ。 ただ、前者のような意味があるのも否定できない。「僕は三国志が好きです」といった場合、この「三国志」が史書を指すとは思えない。ここで発言者が意図している「三国志」とは、一つの時代概念であるのだ。 |
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三国志を知らない方にとって不親切な切り出しになってしまって申し訳ないが、ここで改めて「三国志とは何か」詳しく説明したいと思う。 | |
前述したように、「三国志」という言葉には、大まかに分けて、
の2つがあると思う。Aについては次項で詳しく触れるとして、ここでは@の意味についてみていきたい。つまり、「三国志」という「時代」がどういったものであったか、ということだ。 |
読者の方々の中には、学生時代に中国の王朝名を覚えさせられた、という方がいらっしゃるかもしれない(下表)。海を隔てた隣国・中国では時代とともに王朝が亡びては興り、という事が繰り返されているのだ。
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さて、表の中に「三国」という言葉があったのにお気づきになったであろうか。この「三国」は「周」や「宋」と違って王朝名ではない。これは「3つの国があった」という事を表している。そう、必ずしも中国は一つの王朝に統一されていたわけではなく、幾つかの国に「分裂」していた時期もあったのだ。 そして、そのうちの一つに「三国時代」があるというわけだ。 |
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三国時代というからには3つの国があったのだが、ご存じだろうか。 |
魏 (曹魏) ・ 呉 (孫呉) ・ 蜀 (蜀漢) |
がそうである。そして、各国の君主は |
曹操 ・ 孫権 ・ 劉備 |
である。厳密に言えば呉の孫権は他の2人が1代目であるのに対し(自分が国を作った)、孫権は3代目である。孫権の父・孫堅が呉建国の基礎を固め、兄・孫策が事実上呉を建国した。しかしこの2人は夭逝してしまったため呉は短い期間でもう3代目になってしまっていたのだ。 これらの国名・人名はあまりにも重要だ。是非覚えておいて欲しい。 |
さて、国がいくつかあればお互いに争うもの。この三国時代も戦乱の時代であった。この3国はお互いに攻め合い、領土を減らしたり増やしたりしていた。そのなかで、戦争では豪傑達が武勇を競い合い、参謀は帷幄に謀をめぐらす。国と国の同盟のために趨る外交官もあれば、ひたすら内政を充実させ国力をつけさせようとする人物もいる。 こうした人々が三国時代に描くドラマこそが三国志であり、1800年も立ってからでも依然として我々の関心を引きつけるのだ。 |
とはいっても、実は最初から3つの国が鼎立していたわけではない。後漢王朝が衰えてくると、土地の有力者が各地で蜂起をする。世の中は全く統制がとれず混乱している。その中でうまく天の時を得て一躍大国の君主となった3人。それが曹操・孫権・そして劉備なのである。 |
簡単に言えば、彼らが前ページのような勢力関係を作ったときからの時代を「三国時代」と呼ぶ。正式には220年からをさす。しかし、彼らがこのような大国の主となるまでの期間、つまりまだ三国が鼎立していない期間も「三国志」は扱う。つまり、曹操・孫権・劉備が互いに乱世の中を生き抜いていく段階も我々は「三国志」として親しんでいるということだ。 例えば、今回扱う「赤壁の戦い」は208年の出来事だ。これは正式な時代区分では「三国時代」には含まれない。劉備はまだ固有の領土さえ持っていないという状況だった。しかし、これは三国志最大の合戦として知られている。むしろ三国が鼎立するまでの治乱興亡こそが三国志の醍醐味でもあるといえる。 |
三国志の醍醐味、といえば登場する人物の多さにもある。次から次へと個性のあふれる人物が現れ、多彩な活躍をする。その多さに始めは圧倒されることであろう。一人一人の名前を覚えるのに最初は苦労されるかもしれない。 皆さんは「諸葛孔明」をご存じであろうか。三国志といえば諸葛孔明、諸葛孔明といえば三国志、といったほどに有名な、三国志のスーパーヒーローである。彼は蜀の劉備を支え、生涯を彼に捧げた。小説などを読んでいても彼の活躍ぶりに誰もが驚くことであろう。この時代は君主以外の人物にも多彩な輝きがあった時代でもあるのである。 |
詳しくはこの後の「あらすじ」等で紹介していくとして、ここではとりあえず「三国志」とは何か、分かって頂けたことと思う。曹操・孫権・劉備の名前も覚えて頂けたであろうか。魏・呉・蜀の位置関係は把握できたであろうか。 では、次の項に進みたいと思う。 |