×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。

はじめに

文責:楽毅(高1、会長)

 

 歴史研究会では、日頃の研究活動を主に2つに分けています。「全体研究」「個人研究」がそれにあたります。

 前者は歴史研究会全体で一つのテーマについて調査・論証し、5月の栄光祭で「展示催し物」としてその成果を発表するもの。その詳細は歴史研究会が発行する有料印刷物「鑑」にも掲載されます。後者は歴史研究会の会員各々が自分の興味があることを研究し、レポートという形で「鑑」に掲載するものです。

 そして、今皆さんが手に取っているこの本こそが「鑑」であり、これからお読みになる第1章こそがそのうち「全体研究」を扱っている部分なのです。

 さて、今年の全体研究のテーマとして選ばれたものは「三国志・赤壁の戦い」です。最近のブームで、「三国志」という名を耳にされた方は多いでしょう。そして一寸でも三国志をかじった人なら、そのクライマックス「赤壁の戦い」についてもご存じのはず。

 え、知らない?でもご心配なく。今回の我々が目指しているのは、知らない人も知っている人も楽しめる研究。三国志という言葉も知らない方にはわかりやすく、また、小説・ゲームなどで既に「三国志」のファンになっている方にも新たな発見をして頂けるような、そんな研究を目指しています。

 

 さて、では具体的に今回の研究の概要をご紹介しましょう。一言で言ってしまえば、赤壁の戦いの検証、ということになります。三国志最大の合戦・赤壁の戦い。それに至るまでの三国志の流れや、戦いが起こった理由、当時の勢力関係、戦いが与えた影響などなど。しかし、これだけではありません  
 突然ですが、すでに「三国志」を知っている方に質問です。劉備・関羽・張飛が義兄弟の契りを結んだ、といったら、連想する言葉は何ですか?「桃園の契り」と思い浮かんだでしょうか。咲き誇る桃の中で、乱れた世を治めるべく友情を誓い合う。「三国志」の名場面といっていいでしょう。しかし、この「桃園の契り」が史実でないことを知っていましたか?実はこれは『三国志演義』という、後世に書かれた「小説」に描かれている場面なのです。

 詳細は後述しますが、現在我々が一般に知っている「三国志」とは、この『三国志演義』の内容を指すことが多いようです。例えば不朽の名作、吉川英治の『三国志(全8巻)』は『演義』をもとにして書かれていますし、ゲームにも『三国志演義』で描かれている場面がよく出てきます。

 しかし、この『三国志演義』は、小説にすぎません。作者である羅貫中は史実を織り交ぜつつも、読者が読んでいて面白いと思われる内容をどんどん入れていきました。「桃園の契り」など私たちがよく知っている場面も、実は史実ではなかった、ということが多くあります。作者の想像で書かれたのだから、面白く、印象的になるのは当たり前といえるでしょう。

 『三国志演義』が史実をもとに書かれた小説なら、その時代のできごとを記した史書があるはずです。そしてそれこそが『正史 三国志』とよばれるものなのです。全体研究では、小説に彩られた偽の世界ではなく、『正史』に描かれた、より真実に近いと思われる世界を研究します。今回は『三国志演義』ではなく『正史 三国志』を研究の対象とします。小説を研究するのでは歴史研究会の「歴史の実像に迫る」というコンセプトに反してしまいます。『演義』に親しんでいる方にとっては残念な部分もあるかもしれませんが、これからの内容は特に断りがない限り、『正史』を研究の対象にしてあると思って下さい。

 そして、この『演義』と『正史』の違いを見つけていくのが、今回の研究におけるテーマのうちの一つなのです。

 

 さて、その『正史 三国志』は『魏書』『蜀書』『呉書』の3つに分かれて記述されていて、各国の歴史が独立して書かれています。さらに、それぞれの書物の中にいくつもの「列伝」があり、個人個人の歴史が別々に記されています。そして、そこにこそ問題があるのです。つまり、

「正史 三国志」には矛盾する記述がある

ということです。魏書・蜀書・呉書の間に、また列伝と列伝の間に、記述の相違点が見られるのです。魏書ではこういっているのに、蜀書ではああいう  こんなことが沢山あります。その中でも、赤壁の戦いについての記述では、魏が敗北したこともあり、そういった矛盾点が特に多くあるのです。

 なぜ魏が敗北したから矛盾点が多くなるのか、詳細は後述しますが、その矛盾点を探し出し、赤壁の戦いの真実の姿を探る。こんなことも今回のテーマの一つです。

 当然ながら、実際過去に戻って目で確認できるわけではないので、何が「真実」であるかなど、決めることはできません。これは「歴史」すべてにおいて同じことです。しかし、「真実」を追い求める姿勢は、はたして無駄なものでしょうか。僕たちの興味は尽きません。

 

 それでは、いざ1800年前、三国志の世界へ―――――

 

目次